魚の庭

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益次郎さん

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靖国の参道のほぼ中央の、高いところに立つ益次郎さん。

大村益次郎氏。もともとは長州藩の医者であったお方だが、医学に止まらず西洋の兵学書を翻訳したり講義したりと兵学者でもあり、お医者さんより軍務に長けていたようで、藩の軍政改革やその指導に携わっていた。明治政府樹立の動乱期の内戦・戊辰戦争では、司令官として新政府軍に勝利をもたらした立役者と言われる、維新十傑の一人である。

靖国(神社)さんの旧称は東京招魂社。(明治12年(1879年)に改称)
戊辰戦争終結後、新政府側の戦没者を慰霊する地として明治2年(1869年)に創建されたのが始まり。益次郎氏は招魂社地の選定にも関わり、今も参道に立っておられる。そのお姿は、旧幕府軍の彰義隊を討伐した上野戦争での様子を模したもの。左肩越しに送られる視線は、彰義隊が立て籠もる上野寛永寺を見つめているのだそう。
果たして、日本で最初の西洋式銅像となった今は何をご覧になっているのだろう。

靖国の賑わいも長閑さも、ここ参道の景色は益次郎氏とともにある。
春のさくらまつりの頃は、益次郎氏の足元に、出店のお好み焼きやたこ焼きを手に座り込む花見の客をよく見かける。
夏のみたままつりでは、益次郎氏を軸に盆踊りのやぐらが建つ。
そうそう、益次郎氏の頭と肩には鳩たちがよく止まっている。
で、何となく、普段、人が行き交う中に立つ姿は、気の抜けた案山子にも見えなくはない。

ちなみに、わたしが一番好きな益次郎氏の姿は、夜中の散歩帰りに神保町から靖国を目指し、鋼管製の高さ約25メートルの大鳥居をくぐったあたりで見る影。高く昇った白い月にぼんやり照らされる寡黙な像は、孤高の空気をまとい、夜の暗色に濃い影となって立っている。
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by io_hazuki | 2011-09-09 09:57 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)
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