魚の庭

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お泊りしてみたかった

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九段会館(旧称 軍人会館)。

屋上ラウンジには花見の時期に一度、元同僚とおしゃべりをしに行って、武道館の玉ねぎ屋根を眺めながらホットワインをした。
夏のビアガーデンには二〜三度。
なぜかバニーさんが一匹、二匹いらして奇妙な営業光景だった。

映画の試写会会場が九段会館ホールだと、歩いて行けるのがすごく便利なもので、いくつも応募していたけれど、結局、一度しか行く機会がなかったなあ。

そのうち一度くらいはお泊りに行ってみたいと思っていた。
が、3.11の地震で天井崩落事故があり、その後、営業終了となってしまった。残念。

二・二六事件のときには、ここに戒厳司令部が置かれ、日本にとっての太平洋戦争〈大東亜戦争〉終戦直後はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により接収。その後11年以上に渡り、連合軍の宿舎になっていた建物だ。

九段の辺りは、タイムスリップして当時の様子を見てみたい場所があちこちにある。
歴史の躍動感が眠る街なのだ。

  

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by io_hazuki | 2011-09-12 09:53 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)

新見附橋の夕暮れ

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飯田橋と市ヶ谷の駅の中間地点、外堀と総武線の線路を跨ぐ新見附橋。
ここからの開けた空の眺めがいい。
とくに夕暮れどきは、地上に建て尽くしたビルが暗いシルエットに落ち込んでいく分、西の空は夕映えと消え入る空の明るさが際立つ。

神宮球場の夏の花火も見える、地味なスポット。


  

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by io_hazuki | 2011-09-11 18:00 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)

益次郎さん

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靖国の参道のほぼ中央の、高いところに立つ益次郎さん。

大村益次郎氏。もともとは長州藩の医者であったお方だが、医学に止まらず西洋の兵学書を翻訳したり講義したりと兵学者でもあり、お医者さんより軍務に長けていたようで、藩の軍政改革やその指導に携わっていた。明治政府樹立の動乱期の内戦・戊辰戦争では、司令官として新政府軍に勝利をもたらした立役者と言われる、維新十傑の一人である。

靖国(神社)さんの旧称は東京招魂社。(明治12年(1879年)に改称)
戊辰戦争終結後、新政府側の戦没者を慰霊する地として明治2年(1869年)に創建されたのが始まり。益次郎氏は招魂社地の選定にも関わり、今も参道に立っておられる。そのお姿は、旧幕府軍の彰義隊を討伐した上野戦争での様子を模したもの。左肩越しに送られる視線は、彰義隊が立て籠もる上野寛永寺を見つめているのだそう。
果たして、日本で最初の西洋式銅像となった今は何をご覧になっているのだろう。

靖国の賑わいも長閑さも、ここ参道の景色は益次郎氏とともにある。
春のさくらまつりの頃は、益次郎氏の足元に、出店のお好み焼きやたこ焼きを手に座り込む花見の客をよく見かける。
夏のみたままつりでは、益次郎氏を軸に盆踊りのやぐらが建つ。
そうそう、益次郎氏の頭と肩には鳩たちがよく止まっている。
で、何となく、普段、人が行き交う中に立つ姿は、気の抜けた案山子にも見えなくはない。

ちなみに、わたしが一番好きな益次郎氏の姿は、夜中の散歩帰りに神保町から靖国を目指し、鋼管製の高さ約25メートルの大鳥居をくぐったあたりで見る影。高く昇った白い月にぼんやり照らされる寡黙な像は、孤高の空気をまとい、夜の暗色に濃い影となって立っている。
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by io_hazuki | 2011-09-09 09:57 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)

冒険気分

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自分の経験で言うと、冒険というのは、しようと思ってするのではなく、いつの間にか始まっているもの。
「さあ、冒険に出よう!」なんて心する間もなく、始めていることも気づかないまま、船がスルスル動き出しているのが常。

「止めるなら今のうちかなあ」などと思うとドキドキしてくる。
そのドキドキは早く先へ進みたいワクワク感でもあって、止める気なんてすでにない。
だって、もうその道が自分の前に置かれて動かない、そんな感じがするのだもの。
すでにその道にいる自分に心が戻ると、ドキドキとかワクワクはすーっと治まっていく。
ドキドキ・ワクワクというのは、少し自分から乖離したときに起こるもののよう。

中学1年の夏休みに、読書感想文を書く宿題があって『ロビンソン漂流記』を読んだ。

 こんなことになったらどうするかなあ……。
 何とかするのだろうか……。
 自分にできるかなあ……。
 精神的に耐えられるだろうか……。

夏休みの間じゅう、いや、夏休みが終わってもちょくちょく思い出しては考えていた。
考えては疲れるから、あまり楽しい読み物ではなかったけれど、すごく惹かれるものがあったのは、人生の冒険を描いたものだったからだろうか。
あのロビンソンだって、冒険するつもりで漂流したわけではなく、知らずに冒険は始まっていたのだ。

ロビンソンにはなりたくない。
あんな厳しい冒険は自分の人生にあってほしくない。
あってほしくないから、あえてロビンソン・クルーソーに同化しては防止線を張ってきたような気がする。
ただの怖いもの知らずであっては危険という意味で。
かといって、リスクに焦点を合わせたら怖気づいてしまう。
だから冒険は、いつの間にか乗り出しているのがいい。

どうせ冒険するなら、ジャック・スパローでありたいな。
馬鹿なのか利口なのか分からないってやつ。
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by io_hazuki | 2011-09-07 15:09 | ◆お陽さまコレクション | Comments(0)

オーギー・レンのように

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『スモーク』(Smoke)という映画に、毎日同じ時間、同じ場所、同じアングルで写真を撮る男が出てくる。
ブルックリンの街角で煙草屋を営むオーギー・レン。
ハーヴェイ・カイテル演じる店主は、自分の居場所で日に一度、カメラのシャッターを押す。
行き交う人ごとその瞬間の街角を切り取るのだ。
毎日撮り続けた写真は何冊ものアルバムに収められ、彼はときどき独り、溜まったアルバムを捲る。

この映画を観たとき、自分もそんなふうに写真を撮ってみたいと思った。
何かを狙った写真でもなく、表現の欲求など表れない写真を撮る。

煙草屋のオーギー・レンにはそれをするきっかけがあって、わたしにはきっかけがないからしないのだけれど、映画をたまに思い出しては似たようなことがしたくなる。
同じ時間、同じ場所、同じアングルというわけにはいかなくても、一日一枚の街の写真が撮れたらいいなと。

オーギーのようにできないのは、きっかけがないのが理由ではなく性分かな。
毎日淡々と同じことをし続けるというのが出来ない性質。だから憧れるのかもしれない。

早朝は長袖でもいいくらいの涼しい風吹くさっぱりしそうにない曇り空だったのが、8時を過ぎた頃に空がパーッと明るくなって陽射しがきらきらして見えた。
で、足を止めてビルに映る空を撮る。
『スモーク』のオーギーのようにはいかないけど、気持ちはちょいオーギー・レン。
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by io_hazuki | 2011-09-06 08:13 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)

鳥居の上の空

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靖国神社の正面・神門に向かって歩くとき、鳥居の上に拡がる空を見る。
気のせいと言われるかもしれないが、靖国さんの境内で一人過ごしていると、たまに不思議なものを見せてもらえるときがある。
で、鳥居の上の空。
そこには、雲の形を借りたり、陽の光を映したりした大きなメッセージを感じたりもする。

今朝は、ちょっと悲しい気持ちが自分の中にいて、それが自分の悲しみなのか、近しい人の悲しみを受けているのかよく分からずに歩いていたのだけれど、靖国さんの上には羽を思わせる雲が。

悲しくても、空はきれい。

きれいな空を見ていると、悲しいことも愛しくなり、悲しさと一緒にいる時間があってもいい、そんな気持ちになる。
気づけば、さっきまで居座っていた悲しいが薄らいで、泣きそうになっていた自分が可笑しくなってしまった。
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by io_hazuki | 2011-09-02 10:16 | ◆魚のサンポ道 | Comments(0)
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お陽さまコレクション・サンポ道 他、魚(いお)の画像綴り


by 葉月いお
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